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2010年9月16日 (木)

魚の味

先日、娘が描いたカニの絵の話題から、
カニを食べたことがないってことに気付いた。
厳密には食べてる。
カニクリームコロッケが好きで、ときどき買って食べるけど、
きっとあれにはカニが入ってる。
かなり昔だけど、カニの缶詰を食べた記憶もある。
そう言えばカニパンも食べた。カニの魂が宿っているが、身は無いパンだ。

わたしの食の歴史は貧相で、食べたことがないものが多い。
よく友人に「食べ物に無頓着だね」と言われる。

好きな食べ物はたまごかけご飯で、2番目がマーガリン醤油ご飯で、
ごちそうはコンビーフだ。
死期が近づいたら最後の食事になにを選ぶか。
たまごかけ飯を選ぶかマーガリン飯を選ぶか。
迷って決められないからまだ死なないつもりだ。

Koichi

 
2年以上前のことだ。
広島でラジオドラマの収録があり、1泊の出張となった。
収録の前日に広島の局に入り、本読みに立ち会う。
本読みというのは、役者さんが実際に台本を読み、声の出し方や、演出を決めてゆく作業だ。

『モモと見た夢』というミステリータッチのドラマで、
子どもの声の設定を何歳くらいにするとか、
おばあさんのキャラを意地悪っぽくするか、親切そうにするか、
そういう具体的なことをディレクターや音響さんと話し合って決める。

主役は富田靖子さんと、小市慢太郎さんだ。
おふたりとは東京で本読みを済ませていた。
だから前日の広島での本読みは、主役ふたり抜きでやった。

富田さんは収録当日スタジオ入りするという。
小市さんは前日に広島入りしていた。
その夜、スタッフの方が、小市さんとわたしをお食事会に連れて行ってくれた。

タクシー2台にぎゅうぎゅうに乗り合わせて、みなでお店に行った。
居酒屋さんで、海鮮料理がおいしいらしい。

焼き魚やおさしみの盛り合わせやサザエのつぼ焼きなどがどんどん出て来た。
居酒屋さん特有の、明るいがやがやした感じが開放的で、緊張がふきとんだ。
みんなで映画やお芝居の話をした。
小市さんが主演した映画『張り込み』がどうやって創られたか、
面白いけど怖いような話をわくわく聞いた。
わたしはお酒が飲めないから、ついクソ真面目に、
「明日収録なのに、小市さんこんなにしゃべって、のどだいじょうぶかなぁ」
などと心配したりもした。

宴も半ば。

わたしは見た。テレビでしか見たことのないものを見た。

白くてひらべったいお皿に青い模様が浮かんでいる。
白い半透明な切り身が無数にはりつき、模様が透けて見える。

ひょっとして?

「ふぐ来ましたね」と誰かが言った。
「うまそう」と小市さんが言った。

ドヒャーン! 頭の中でドラが鳴った。

わたしはこの仕事で出会うまで、小市さんをテレビでしか見た事なかったが、
ふぐもテレビでしか見た事がなかった。
小市さんには東京で一度会っているが、ふぐには初対面である。

緊張が走る。
ふぐに名刺を渡したいくらいだ。

「食べたことがない…」とつぶやくと、みなさん、はっとしたようにわたしを見た。
その「はっとした」顔から、ふぐが初めてなのはわたしだけと知る。
みなさん気を使って「どうぞどうぞ」と勧めてくれる。

見られている。
いったいどうやって食べたらいいのだろう?

脳内には走馬灯のようにふぐの映像が蘇る。
なんかのドラマで、「ふぐはこうやって食うもんだ」と大男が言って、
箸で10枚くらいざーっとさらって、口いっぱいにほおばった。
ある旅番組では、お鍋に入れてぐつぐつ煮ていた。

見られている。
どうやって食べるのがスジなのだろう?

「食べ方がわからない…」とつぶやくと、
「これにつけます」と誰かがタレの小皿を差し出してくれた。
「ネギを巻いてもおいしいです」と別の人も教えてくれた。

わたしは高度な技は避け、ネギは巻かずに、一枚をタレにつけて口に入れた。
むほ。こりこりする。
口の中でこりこりしていると、みんながわたしを見ている。
そうだ。感想を待ってるんだ。感想感想…口の中こりこり…こりこり…

とうとう「どうです?」と聞かれ、わたしは咄嗟に
「魚の味がします」と答えた。

小市さんはエラい。わたしの語尾「ます」にかぶるように、大声で
「そうでしょう! おいしいでしょう!」と叫んだ。

周囲の空気がまーるくなった。
まーるい中でみんなでおいしくふぐをいただきました。
ごちそうさまでした。

テレビで見て想像しているときは、口で溶けてしまうように見えた。
でもしっかりと歯ごたえがあって、噛むほどに魚の味がする。
魚の味がするという解答は、セリフとしてNGだけど、
噛むほどに味がすることに、正直、驚いていたんだ。
でもよかった。小市さんがフォローしてくれて。
いつもニコニコ、おてんとさんみたいなかたでした。

わたしは東京へ帰ると、母に自慢した。
「ふぐ食べたよ」
すると母はこう言った。
「あらそー。わたしなんて下関で生まれ育ったでしょ?
ちっちゃい頃にたらふく食べて、飽きちゃった」

えー?
だから一度も食べさせてくれなかったの?
わたしにはいつも百円のサバの缶詰出してさ、
自分はたらふく食って育ったの?
そういうもの?

父はなにも言わず、ぱちんぱちんと爪を切っている。
ひょっとしたら、父は食べたことがないのかもしれない。

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コメント

文章から,読み取ると〜てっさですね〜私の住む田舎でも,食べることは出来ますが,ちょっとお高い〜でも〜てっさも良いが河豚と言えばヒレ酒も絶品だよ!九州で食べた,てっさと,ヒレ酒を思い出しました!でも〜あの料理を考え出した,先人の料理人に,感謝だよね!固い身を薄く切って美味しく食べさせる工夫やヒレを日本酒に入れるなんて,普通は考えないのに?日本料理を尊敬しますね〜日本人に生まれて良かった!

michiさん
てっさって言うんですね。
てっさとふぐが結びついていませんでした。
土地により、お高いんですね。

子どもの頃よく釣りをして、ふぐはときどき釣れましたが
食べられないからと海に帰してました。
ふぐにもいろいろあるのでしょうけど、まんまるでした。
今気付いたけど、てっさには初対面でしたが、釣りでふぐに会ってました。

ふぐにヒレ酒もあるんですね。
お酒が飲めると人生が広がるんでしょうね。
強くなりたいです。

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