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2010年9月 6日 (月)

鳥取砂丘でなくしたものは

歳をとると、物忘れが激しくなる。という通説がある。
まるで「脳がにぶる」みたいな表現だ。
それ、ちょっと乱暴な解釈ではないかと思う。
わたしは「老化=物忘れ」に異議申し立て致します。

だって。

一日長く生きるたびに、一日ぶん、記憶が増える。
つまり、長く生きれば生きるほど、記憶は増える。
大量の記憶の在庫から必要な記憶を呼び覚ますとき、検索エンジンがかかる。
記憶の量が増えれば増えるほど、つまり、歳をとればとるほど、
検索に時間がかかる。

ってことじゃないかとわたしは思うんだけど…。
医学の知識は無いし、脳科学も知らないし、勝手な解釈だけど、そう思う。

猫トイレの猫砂の中に落っこちた指輪を探すより、
鳥取砂丘でなくした指輪を探す方がタイヘンだ。という理屈です。
時間がかかった末、見つからなかったとしても、指輪は消滅したわけではなく、
ちゃんと砂の中にある。

ある。
見えないだけだ。

Sakyuu

 
高齢の人が「えっと、あっと」と思い出すのに苦労している様子を見ると
「あの脳の中に、鳥取砂丘の砂くらいにいっぱいな記憶が詰まってて、
その中から指輪を探すの、たいへんそうだな」って思う。

つまり、忘れているのではなくて、思い出すのに時間がかかる、
ってことではないかと思う。
まるでひとごとのように言ってるけど、
わたし自身もそういうことだから、そういうふうに見てくれ。
そうわたしは言いたいのである。

なんの番組だか忘れちゃったけど(これはほんとに忘れてる)、
「若い人でもいっぱい忘れてるんです」と精神科医(だっけな)が言った。
「でも若い人は、それを◯◯◯と考え、気にしない。
 中高年は、物忘れだ、脳の老化だとあえて意識してしまう。
 意識するから、物忘れが増えたと感じるのです」

なるほど、なっとくだ。
その話を夫にしたのだけど、◯◯◯の言葉が出て来ない。

じゅ「なんて言うっけ、うっかり忘れること」
夫「うんうん、そういう言葉あったよね、わかるけど、思い出せない」

夫婦ふたりでうんうんうなって、検索エンジンをダブルでフル回転させて
約5分後、鳥取砂丘の中から指輪を見つけた。

「ど忘れ」だ。

ど忘れをど忘れした。

ん?

「ど忘れ」を思い出せないのは「ど忘れ」なのだろうか。
それとも「物忘れ」なのだろうか。
「ど忘れをど忘れした」と言うのはいかにも「言い逃れ」ぽくて
やっぱ「老化入りました」と認めるべきだろうか?

若者の忘却は「ど忘れ」とされ、笑い飛ばされる。
中高年の忘却は「物忘れ」とされ、悩みの種になる。

「ど」は「物」に比べ、はるかに軽く、深刻さがまるでない。

わたしは深刻が苦手なので今日から「ど忘れ派」になろうと思う。
80になっても90になっても「ど忘れごめん」と笑い飛ばしてしまおうと思う。


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