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2010年11月16日 (火)

郵便屋さんの赤い自転車

あれは小学一年生の、二学期の初日。

宮崎県のとある小学校に転校したわたしは、
転校初日を無事終え、下校の時刻を迎えた。

その学校では集団下校をするという。全校生徒が校庭にわらわらと集まった。

「じゅんこちゃん、昭和?」

まだ名前も知らない級友が聞いてくる。
わたしは当時、生年月日をソラで言うのがマイブームで
しょっちゅうぶつぶつ唱えていた。

「うん、昭和だよ」得意になって答えた。

すると級友はわたしの手を引き、ひとつの列に並ばせた。
そこは「昭和町」に帰る子どもたちの列だ。
ということを……転校生のわたしは知る由もない。

 
列はぞろぞろと動き始め、学校の裏門から出てゆく。
わたしの家は正門のまんまえである。
なんかヘンだな…と思いながらも、転校での環境変化は「なんかヘン」なものである。
わたしはてくてくと素直に列についていった。

林を抜けると、見渡す限りの畑に出た。
畑のあぜ道を昭和の列はどんどんどんどん歩いてゆく。
見知らぬ土地である。
途中でひとりふたりと列を離れ、「さよなら」と帰ってゆく。

胸がどきどき。間違いが起こったことは、明白である。
7歳なりに「間違いは大きくなる前に修正すべき」という考えが浮かんだ。

「さよなら」と言って、ひとり列を抜けてみた。
誰にも疑問をもたれず、自然に抜けられた。
ヘンに思われない。これが転校生の生きる道である。

てくてくてくてく、知らない道をひとり歩いた。
歩いても歩いても、知らない土地である。
頭はまっしろだ。良い考えが浮かばない。

すると自転車が通りかかった。赤い自転車。郵便屋さんだ。
前に住んでた東京でも、郵便屋さんは赤い自転車に乗っていた。
こんなとき、全国共通なのが、妙に心強い。

「郵便屋さん!」と声をかけた。
自転車は停まり、郵便屋さんはわたしを見た。

「迷子になりました」と言ってみる。
そのあたりでは珍しい標準語である。

郵便屋さんは「住所言える?」とわたしに尋ねる。

「ごちょうめ」
生年月日は正確に言えるのに、越したばかりの住所はそこしか覚えていなかった。

郵便屋さんは自転車を引きながら、わたしを五丁目に連れて行った。
昭和町の五丁目である。
大きな見知らぬお屋敷があって、郵便屋さんは呼び鈴を押した。
中から出て来た女性に郵便屋さんは何か尋ねている。
女性は「知らない子ね」とわたしを見て言った。
ふたりの大人がなにやら話しているが、よく聞こえない。
やがて女性はお屋敷の中に戻ってしまった。

わたしは阿呆のようにただぼけっとしていた。
ぼけっとしたまま「もう家族に会えないんだ」と思った。

空はなんて広いのだろう。
土地はなんて広いのだろう。
自分はどこの誰なんだろう。

郵便屋さんはわたしに言った。
「小学校に戻ろうか?」

あっ!と思った。
そうだ。小学校に戻ればいいんだ。
郵便屋さんはなんて頭が良いのだろう!

勢い良くうなずくと、郵便屋さんはわたしを自転車の荷台に載せた。
郵便屋さんの背中にしがみつくと、自転車は走り始める。
しっかりと重たさのある自転車で、ごーっと確かな音がする。

世界が戻って来た。わたしはぐんぐん元気になった。
元気になったら普段のわたしに戻った。知りたがり屋のわたしだ。

今もし体を斜めに傾けたら、自転車はひっくり返るかな?

やってみたいやってみたい…やってみたいやってみたい…

でもわたしはやらなかった。
親切な郵便屋さんに迷惑をかけたくなかったからだ。

小学校の職員室で、教師はわたしを見て驚いた。
「なんで迷子に」
正門のまんまえに越して来た子が迷子になった。
その理由をわたしは説明できなかった。
気がつくと、郵便屋さんはもういなかった。

教師はわたしを家まで送ってくれた。
わがやの玄関の戸が開き、母の白い割烹着が見えたとたん、
わたしは「わっ」と、
自分でもびっくりするくらいの大声で泣き出した。
転校初日の緊張が一気に溶けた瞬間だった。

わたしはその後、パトカーや救急車に乗る経験もするが、
郵便屋さんの自転車に乗ったのはこのとき一回きりだ。

最近の郵便屋さんはバイクや車が多い。
たまに自転車を見かけると、胸がいっぱいになる。

あのとき助けてくれた郵便屋さんはとっくに隠居しているだろう。
おにいさんだったか、おじさんだったか覚えてないが、
わたしはその背中に絶対の信頼を寄せていた。

おまわりさんでもとうふやだんでもなく、
郵便屋さんだったから、のような気がする。

政治で揺れたり、あれこれたいへんそうだけど、
わたしの郵便屋さんへの思いは今も変わらない。
なんだかむしょうに好き。なんだ。


 イマドキの郵便屋さんの自転車。この荷台には乗れません。

Photo

 


そうそう、郵便屋さんの映画っていろいろあるんですよ。
一番好きなのは『ポストマン・ブルース

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これはかなり…スゴい。キワモノ! 怪作です! 痛快!

お断り)これは郵便屋さんの実像ではありません。ええ、断じて!


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