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2010年12月12日 (日)

大安の日曜日

本日は銀座に行きました。
日曜に銀座へ行くなんて、滅多にありません。およばれだったんです。

なんだかすんごいひとで、歩道が歩きにくい。
人がぎっちぎちに並んでいるのです。
まるでストライキのようです。

なんのために人が並んでいるのか?

およばれでしたので、高いビルに昇りました。
高いビルから見下ろしてみると、わかりました。
宝くじを買う人の列です。
赤い旗が立っており、「大安吉日」と書いてあります。

「おかしいね、みんな大安なのに」

一緒にいた人がぽつりとつぶやきました。

そうなんです。
本日はみな平等に大安なんです。
星占いと違って、大安は平等です。
そして宝くじは、出し抜かなければ当たりません。
出し抜く夢のため、みんなが大安吉日に列を作っているのです。

みんな、運を信じて並んでいるのでしょうか?
それとも並ぶこと自体が楽しいのでしょうか?

 
わたしは宝くじに興味がありません。
自分の運を信じてない。ってことでしょうか?

一度だけ買ったことがあります。
『ダ・ヴィンチ・コード』の試写を観て、
「うっそみたいにつまんない」と腹を立て、すっかりグレた帰り道、
普段やらないことでもやってみっかと買ってみたのです。

もしわたしが中学生だったら煙草でも吸ったでしょうが、
いい大人でしたので、宝くじを買う方面にグレてみました。
断っておきますが、「宝くじ=グレる=悪いこと」と言っているのではなく、
わたしにとっては「ヤケにならないとできないギャンブル」なんですよ。宝くじって。

1枚買いました。非常識ですか?
300円でした。ちゃんと売ってくれました。
実はそれ、当たったんです。
300円当たりました。プラマイゼロでした。
はっきり言って、夢も見ませんでしたので、「損をしなかっただけ」でした。

今後も宝くじは買いません。
自分の運を信じていないのではなくて、
実は誰よりも、自分の運にすがって生きているのです。
わたしのやろうとしていることは、努力だけでは無理で、
強靭な「運」がなければ、叶いません。

運だのみの人生なので、宝くじくらいはやめておこうと。
万が一にでも一億円当たってしまったら、サイアクです。
そんなことに運を使い切りたくはありませんからね。
一億円より夢が大事です。


クリスマス間近の華やかな銀座から帰り、地元の駅に着いたら、
駅ビルのカフェの前に柴犬がつながれていました。
ご主人がカフェで一服しているのでしょう。
犬の足元にはカフェのマークが入った小さな紙コップが置いてあり、
水が入っていました。
ご主人が一服している間、犬にも愛の一杯なんですねぇ。
「ごめんね、待っててね」ってことなんでしょう。
ご主人もお店の人もぷちあったかい。

さあ12月もいよいよなかば。そろそろ年賀状の準備しなくちゃ。
年賀状のギャンブルは好きです。
切手シート目指して、せっせと送ります。

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