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2010年12月22日 (水)

順番で決まります

 
朝から年賀状を書いてます。
指が痛くなるほど書いてます。

デザインはパソコンで、印刷はプリンタがしてくれますが、表書き(宛先)は手書きです。
相手の顔が見える気がして、せめてもの手作業です。と、
恩着せがましく書きましたが、実を言うと、
宛名書き用ソフトをどうたらこうたらするのが面倒で、手書きにしています。
ひとことも添えます。
お世話になりましたとか、これからもよろしくとかですね。

書いて書いて書いていると、頭がぼーっとして来ます。
するとピンポン、呼び鈴が鳴りました。

今日は生協さんの来る日でした。
個人宅配システムで、届けていただいてます。

 
注文品を玄関で受け取り終えると、ご挨拶させていただきました。

「今年はお世話になりました。来年もよろしくお願いします」

ちゃんと大人の挨拶ができたと鼻をピクピクさせていたら

「年内、もう一回、伺いますよ」と配達員さんは申し訳なさそうにおっしゃいます。

あ! そうか。
年賀状を書いていて、頭がすっかり年末脳になってしまいました。
そう言えばクリスマスもまだだし、年末には年越し蕎麦用の麺も注文しています。
ああ、やっちまった。

挨拶し直しです。
「来週もどうぞよろしくお願いします」


昨夜、『続・遠野物語』を観ました。
そしてちょっと、びっくりしてしまったんです。
実を言うと、19日夕方放送されたメイキングを見ていたのです。
メイキングがあまりにすばらしくて、期待が膨らんでいたのですが、
メイキングがすべてだったんです。
どう言ったらいいのでしょう?
メイキングで既に見てしまった映像以外に、重要なシーンが無い。
ああ、そう、だ、
河童の化身のような少女がバケツを覗き込むシーンはメイキングに無かったです。
ここは面白いシーンでした。

メイキング映像は普通、部分的なシーンと、裏の話で構成されるものなので、
本編がほとんど語られてしまっているとは、思わなかったんです。

ですから本編を見た感想は「メイキングのダイジェスト版」であり、
「メイキングの予告編」を見たような、妙な感じです。

ドラマ自体はきっと面白いんです。
見る順番を間違えました。
ドラマ本編を見てから、メイキングを見るべきでした。

どうして本編の前にメイキングが放送されたのでしょう?
視聴率のためかなぁ? もったいないなぁ。

そういえば以前、図書館で借りたビデオで、
本編の前に淀川長治さんの解説が入っている作品がありました。
淀川さんはおそらく本編の前に入るとは知らずに解説しています。
クライマックスのキモを全部話してくださったので、
本編を見る時、その知識がたいへん邪魔になりました。

見る順番、知る順番、だいじです。
それで感動が決まると言っても過言ではありません。
作品との出会いを邪魔するような順番は避けたいものです。
情報過多社会、自分で気を付けるしかないですね。


夕方ちょっと家を出た時に、電動車椅子とすれ違いました。
男性と柴犬が乗っていました。
「柴犬、走らなくていいのか?」目で尋ねますと、
「ここがいい」と柴犬の目は言いました。
なんとも愛らしい相乗りでした。


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コメント

『続・遠野物語』観ました。
う~ん、順番の問題じゃないような。
1本目の話を1時間弱ぐらいの長さで観たいです。

ヒロユキさま
やっぱ「足りない」ですか?
本編見た時、わたし「足りない」って感じたんですよ。
これで終わり?と。
メイキングを見たせいだと思っていましたが、やはり短すぎですかね。

ただ長ければいいというわけじゃないと思います。
JUNKOさんの感じたように、足りないから短く感じたのだと思います。
何が足りないのか、考えてみました。主人公は女性の雑誌記者(田畑智子)。彼女は精神的に
‘何か’を抱えているらしい人です。その記者が、仕事である山奥の村に行き、そこから去るときには
確実に、内面に変化があったようにドラマが作られています。でも、この主人公(以下田畑)は、ストーリーの最初から最後まで、終始受け身です。自分の周りで、起こっているらしい、非現実的なことに
畏怖を感じてはいるものの、田畑の抱えている心情を、田畑自身で表現するシーンがありません。
(最初の、携帯の子供の写真や、回想は、キャラクター設定だと思います)
だから、結末の田畑の内面の変化にもあまりピンときません。
主人公の田畑が、まるで狂言回しのようになっています。
狂言回しは、特に、観客が感情移入する対象でない代わりに、主人公や、その他の登場人物
のキャラクター、場面場面での心情を表現するのを助ける役だと思います。また、ストーリーの大きな
進行役になったりします。田畑がただのストーリーの進行役のようになっています。

この狂言回しの役が、このドラマでは、宮本信子、田中泯のはずなのに、二人の役柄がうまく働いていないと思います。

田中が帰ってきて、田畑を窯に連れて行くシーンがあります。田中がまるですべてを悟った神様の
ように、人生哲学のようなことを語ります。田畑はそれをときどき息をのんでは聞いているだけです。
狂言回しだったら、もっと田畑に喋らせないといけません。サンマじゃなくて、小堺一樹じゃ
ないとだめだと思います。
ウンチクのある言葉は最小限、その合間合間で、田畑の痛いところをチクチクつついてやるんです。

「おまえは家庭と仕事をちやんと両立してるつもりだったんだろうが、子供は寂しがってたんじゃないのか?」
「病気で死んだかも知れんが、ほんとにお前に責任はないのか?」
と、田畑を責めます。
ここまでの話の流れと、田中泯の存在感なら、これぐらいの洞察力を発揮しても違和感ないと
思います。
そこで田畑は、田中に対して感じていた畏怖を忘れ、思わず叫びます。

「ほったらかしになんかしてない!わたしはあの子を愛してた!」
「誰も私に味方してくれなかった、みんな私のせいにしたかったのよ!」

いままで溜まっていた感情を一気に吐き出す田畑を、田中は静かに見つめています。

その後、3人であったかい食事をとります。
誰にも言えなかった感情を吐き出した田畑は、二人に抱いていた畏怖も忘れ、食事を
かみしめています。
ふと田畑は、あなたたち、ほんとは存在しないんですよね、みたいなことを口にします。
宮本はたぶん、現実の人なのでしょう。
田中は姿を消します。黄色い傘の子供も。

村を去る時、田畑は思います。自分は慰めてもらってたんだと。相手が現実に存在する人で
あろうがなかろうが、確かな愛情を感じたと。

いじりすぎか。


ヒロユキさま
そうきましたか!
だとしたら、
 
「おまえは家庭と仕事をちやんと両立してるつもりだったんだろうが、子供は寂しがってたんじゃないのか?」
「病気で死んだかも知れんが、ほんとにお前に責任はないのか?」

上記セリフはなくて、ただ田中はじっとそこに存在するだけで、その存在に責めを感じた田畑は

「ほったらかしになんかしてない!わたしはあの子を愛してた!」
「誰も私に味方してくれなかった、みんな私のせいにしたかったのよ!」

いきなりこう叫び出す、というのはどうでしょう?
すると田中の「精霊っぽさ」が強調されるかもと思います。

本編が「足りない」とあれこれ足したくなりますね。
メイキングでいろんな知識が入ってしまって、もううまく考えられないのですが、
本編を見た印象は「世にも奇妙な物語」でした。

JUNKOさま。勉強になります。もったいないです。
思いもかけず、素晴らしい稽古をつけてもらいました。
田中泯が、そんなはっきりとした言葉で、チクチク言ったらあまりに人間くさくて
幻想的な物語が壊れてしまいそうです。有難うございます。

ヒロユキさま
わたし、なまいきでした。
創作ってつい「ああしたら」「こうしたら」と熱くなっちゃうんですよね。
正解なんてないのだけど、いろいろなテが浮かんできちゃう。
で、言いたくなっちゃう。
いい球を投げてくださったんで、ついわたしもノリました。
またよかったらどうぞ、投げてください。楽しかったです。

とんでもないです!
ぜひぜひ、熱い創作活動で、日本の映画を、もっともっと面白くしてください!

代表選抜クラスのサンタが、JUNKOさんの家を訪問しますように。

ヒロユキさま
ありがとうございます。
代表選抜クラスのサンタ、来るといいな〜来ないかな〜

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