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2011年1月 3日 (月)

臨死体験

 
世間では帰省ラッシュで大渋滞らしいです。
わたしの実家は歩いて行ける距離で、助かります。
お正月ですから、久しぶりに娘と夫を連れて、実家に顔を出してみました。

父も母も、まあまあそこそこ、元気です。
ですがここ1年、父は急に死を意識するようになったようで、
死んだ時の手続き一式をことこまかにリストにしたり、
葬式に流すテープを作成したり(自分のカラオケ入り)、
怖いのだか、はりきっているのか、よくわからないのですが、そのようにして、
たびたび「死」を話題にします。

父の母は93歳まで生きました。長寿の家系のようです。
わたしにとっては祖母ですが、一緒に暮らしたこともなく、全く記憶にありません。
祖母は、家族にかこまれて居間でだんらんしている時に、ふと黙り込んだので、
「どうしたの?」と家族が声をかけたところ、亡くなっていたそうです。

正月早々、父は言います。

「俺、死ぬ瞬間がどんなものか、こないだわかったぞ」

年末、コタツで煎餅を食べながら、ビールを飲んでいたところ、
だんだん意識がもうろうとして、ふっと、意識がなくなったと思ったら、
畳にコテン、と倒れていたのだそうです。

「これが死ぬときの感覚なんだ。俺、臨死体験した」

孫娘は言います。「それ居眠りってやつ」

 

まあそうやって、死ぬ死ぬ言っている人は、長生きするのではないでしょうか。
父は80を過ぎていますが、自転車にも乗りますし、木にも登ります。
そう、木にも登るんです。いいかげんやめて欲しいのですが、
庭の木の剪定を自分でやるのです。
命綱(たぶん役に立たない)を腰に巻き、木によじ登り、ちょきちょきやっています。

母は、死よりも富士山に夢中です。
最寄りの駅から、富士山が見えるのです。
駅舎には富士見テラスがあるし、駅前通りは「富士見通り」と名付けられています。
住んでいる市内から富士が見えると言うのが、母の自慢です。

「ちいさんも来た」母は鼻高々です。

『ちい散歩』というテレビ情報番組にもとり上げられたようです。
地井武男さんが来た時は雲があって、富士山は見えなかったそうです。
青空に富士が見えると、ためいきが出るほど美しいのは、わたしも知っています。
電車からも見えるんです。
あんなに遠くにあって、こんなに大きく見えるのは、どうしたことだろうと
不思議なくらい、近くに感じます。

「綺麗に富士山が見える日はね、教えてあげるの。
ほら、富士が見えてます、すごいですよ、見てごらんなさい、って。
でもみんな、しらっとしているのよ。興味ないのかしら」

そう母が言うので、「友だち?」と聞くと、「歩いてる人」と言います。
バスに乗ってる人にも教えてあげるそうです。

どうやら街の人をつかまえて「ほら富士よ」と話しかけているようです。
「ほら富士よ婆さん」と、都市伝説になっていたら、どうしましょう。

父は言います。「スピーカーで叫ばないと伝わらないんじゃないか」

臨死体験をした父と、富士山ファンの母は、まあまあ、楽しく暮らしているようです。

「もうおまえら子ども達に伝える事は全部伝えたしな」と父は言いました。

わたしが伝えたいことはまだ何も伝えてないんだけどな、と思ったけど
なんだかそれは、口に出せませんでした。


父が作った遮光器土偶のレプリカです。
若い頃、出張で行った青森でこの土偶と出会い、なんとか作れないかと
試行錯誤して石膏で作ったらしいです。
今、娘(父にとり孫)の家に飾られています。

Doguu

 
ほんものはこちら(片足がありません)

Photo

 
 


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コメント

お父様、すごいです!
そっくりさに感動して、コメントせずにはいられませんでした。
「伝える事は全部伝えた」と、言えるお父様の生き方も清々しいです。
私の父は昨年亡くなりましたが、お互い遠慮ばかりで言いたいことも言えず仕舞いでした。
だから私はJUNKOさんのお父様のように、
うるさいと何と言われようと、
今からいっぱい自分というものを子ども達に伝えようと思います。

DANさま
ありがとうございます。父の模造の腕はなかなかで、
いろんなものを作ったり描いたりしています。
子どもの頃はよく父と過ごしましたが、
思春期になるとどうも苦手になってしまい、距離を置くようになりました。
父と娘って、なんかこう、照れがあるものですよね。
お亡くなりになったお父様とDANさんの距離感と、
わたしと父の距離感も同じような感じではないかしらと想像します。
口に出さなくても、何かが受け継がれている、そんな気がします。

遮光器土偶、すごい完成度ですが、お父様にこれほどの完成度でレプリカを作らせるほどの動機を持たせたのは、一体何だったのか、とても知りたいです。なぜ遮光器土偶だったのか。

「もうおまえら子ども達に伝える事は全部伝えたしな」
って、天晴れでございます。すごくさっぱりしてます。

当方の父は早くに亡くなり、そんなことを考える間もなかったと思いますが、当方自身は、多くのこと、特に書くことにおいてはその殆どを、「父の遺産」を元手にやれてきた気がしています。

元手を増やせず使うばっかりで、元本割れさせてしまってる気がするのが情けないですが。

蔦谷さま
父は…妙なエネルギーがあって、埴輪も作ってました。模写もします。尺八も作ります。
斜光器土器は出張先でほんものを見て、「作ろう」と思ったらしく、「そこに山があるから」の
登山家と同じで、たいした理由はないんじゃないかと思います。
そっくりを目指すなんて、何が楽しいのかわかりませんが、
どうしたら正解に近づけるか、その試行錯誤が楽しいらしいです。

それよりも、お父様の遺産を元手に書く。といのが素敵です。
つきぬエネルギーはそこからだったんですね。
こんどもっと元手のお話聞かせてください。

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