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2011年2月19日 (土)

母の夢

 
母は下関出身です。
幼い頃、よく母親(わたしにとり祖母)に連れられて映画館に通ったそうです。
父親が亡くなり、母の一家は東京へ出ました。
母は働きながら、夜の学校へ通いました。くたくたの毎日でしたが、
唯一の楽しみは、お給料をやりくりして見る映画だったそうです。

母は姉に言われるままに見合いし、結婚し、新婚当時、赤坂に住んでいました。
父は公務員なので、住まいは官舎で、6畳ひと間、風呂無しだったそうです。
わたしが生まれた時はミルク代に困って借金したと聞いてます。

主婦になった母はもう映画館には行けません。
唯一の楽しみはテレビでした。
母はテレビが好きです。テレビと会話します。

官舎の目の前に、テレビ局がありました。
母にとりあこがれのテレビ局です。
母はそこで仕事を見つけました。
清掃のアルバイトです。

 
俳優が通らないかな…実物見たいな…
母は夢いっぱいに、清掃員になりました。

ところが初日、お隣の家に預けた兄が「おかあさんおかあさん」と1日中泣き叫び、
大暴れしたため、しかたなく、母は清掃員をやめました。
父に言われたそうです。
「給料をやりくりして、子どもといてくれないか」

たった一日の夢のお仕事でした。

わたしはその話をずーっと昔に聞きました。
母はそのことを「残念だった」とは言わず、「自分がうかつだった」と言うのです。
「うちの子は人見知りするから、わたしじゃなきゃだめなのよ」
未練も無いようで、素直に反省しています。

以来母はずっと家にいます。
家具のように家にいて、「いってらっしゃい」「おかえりなさい」をわたしに言ってくれました。

ひさしぶりにその話を思い出し、母に話すと、母はこう言いました。
「泣いたのはあんたよ」と。
兄は幼稚園に通っていて、妹のわたしを知り合いに預けたのだそうです。

「テレビ局のそうじのおばさん」の職を奪ったのはわたしなのでした。

先日、わたしは所用でそのテレビ局に行きました。
母が1日だけ勤めたテレビ局です。
その局に行くのは初めてです。
入ってすぐに見回しましたが、清掃員はいません。
床は綺麗で掃除が行き届いています。誰かが一生懸命磨いているのでしょう。
今はマシンでしょうから、ちりひとつ残さないのでしょう。

ふと、思いました。
若い頃の母がはりきって磨いてくれた床を、今わたしは歩いているのだなあと。

いろいろな助けを借りて、今わたしはここにいる。
なにがあってもひるむことなく、がんばらなくちゃです。


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