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2011年4月 9日 (土)

哲学で見えた自分の底

わたしは去年、『ハーバード白熱教室』にはまっていて、
毎回「これをどう考える?」という課題に、自分なりにあれこれ答えを出しておりました。

こんな講義がありました。

実際19世紀に起こった事件です。
ヨットが大海で遭難、19日経った後、
船長が一番弱っている給仕の少年を殺害し、
乗員たちは少年の肉を食べて生き残ったという事件です。

「少年を殺して肉を食べた」という一点だけ見れば、言語道断の残虐行為です。
しかし一方で「最大多数の最大幸福」を目指す功利主義の観点からすれば
「全員が飢えて死んだ」のではなく「1人死んだが、複数生き残った」という
ことでもあるのです。

哲学の講義ではどちらの観点からも議論がなされました。
それぞれに、ちゃんと理屈がありました。

このヨットの事件は極論ですが、
「最大多数の最大幸福」を目指して社会を構築するのは、民主主義社会では基本です。
たとえば、耳が聞こえない人より聞こえる人のほうが圧倒的に多いので、
聞こえる前提で社会は構築されており、アナウンスや電話が存在します。
しかし、少数派も困らないよう、配慮はされています。
手話や電光掲示板で、情報を多重にしています。いますが、
聞こえない前提で社会を構築するまでには到りません。
歩けない前提、見えない前提で世の中はできてないのです。
最大多数の最大幸福という、「量」で考えると、それが限界なのです。

さてヨットの事件です。

 
わたしは功利主義を否定するものではありませんが、
このヨットの件については、幸福うんぬんではなく、
人としての一線を越えてはいけないという、感情論において、
「やっちゃだめ」と考え、「いっそみんなで死のう」と結論付けました。

それがわたしの正義で、そこへたどりついた自分に満足していました。

戦争についても、そうです。
軍隊は要りません。非武装主義を貫き、アメリカにも「守っていただかなくて結構」と言い、
まるごしニッポンになって、世界平和を訴え、そんな国を攻撃する馬鹿野郎がいたら、
「やられちゃってもしかたない」と考えていました。あくまでも理想です。

ところがです。
ふと、気付いたんです。
福島の原発事故です。

今、放射線高濃度の現場では、命をはって作業している人たちがいます。
東京電力、その関連会社、自衛隊、スーパーレスキュー。
みな、特攻隊のような精神で、戦ってくれています。
わたしはそのひとたちに「がんばってなんとかしてください」と手を合わせています。

これってどうですか?
わたし、誰かを犠牲にして、自分が助かろうと思っていませんか?
「もういいよ。いっそみんなで放射線浴びてどうにかなっちゃいましょう」
なんて境地にはなれません。

「すみませんが、よろしくお願いします」と。
人が危険にさらされることを納得しているんです。

節電し、買い占めない。風評被害をまき散らさないなど、
小市民なりに清くつつましく過ごしているものの、こわごわ事態を見守るだけです。
一部の関係者に仕事を押し付け、「はやく平和を」と願っているのです。
そのひとたちにも家族が居ます。

専門外のことで、わたしは策を練ることもできず、国や専門家に任せています。
眠らずに策を考え続けている人たちもいるはずです。
1日も早くみんなで安心したいために、一部に過重労働を押し付けています。

これって少年を食べちゃった船員たちと、同じじゃないでしょうか。
多くの国民が健康でいるために、ぎりぎりの危険を一部に課している。
それに気付いた時、わたしは恥ずかしかったです。
今の自分じゃなくて、前の自分がです。

ただ頭で考えて、「殺人? 人としてやっちゃいかんでしょう」と上から目線で断罪し、
少年の肉を食べた人に「飢えて死んでもいいじゃない。人として」なんて思ってた。
飢えたことも、大海で遭難したこともないくせに、
珈琲飲みながら、あたたかい部屋で、薄っぺらい正義を語って、
いい気になっていたんです。。
大海で、そうせねばならなかった人には、その人なりの思いがあったことでしょう。

わたしはタテマエと本音という言葉が嫌いで、
それを一致させようと、生きているつもりでした。
でも、自分の中に、見えない本音があって、
そいつは臆病でずるくて、危険を引き受けられない、できたら逃げたい心があるんです。

それに気付いた時、謙虚な気持ちになりました。
自分って、そんなヤツなんだと。
その上でやはり、「頭でする哲学」は偉大だと思いました。
それをしていたから、今気付けたんです。
自分は弱い。考えも足らない。小さな人間だということを。

そしてまだまだ学べるのだなあと思いました。
馬鹿だから、のびしろがあるんです。

わたしは日本に生まれ、育ちました。
今日本で起こっていることを、きちんと引き受けたいと思います。

「安全神話に騙された」という考え方もありますが、
信じて、任せて、呑気に暮らしていたわたしは
自分の無知を反省することはあっても、誰を責める気にもなりません。

ひとつ、気になることがあります。
テレビでよく言われる「最悪の事態を避けるためにナンタラカンタラ……」
「最悪の事態」って具体的に何だろ?
説明は一度も聞いたことないのですが、聞き逃したのかな?
「最悪の上限」はどれくらいだろ?
引き受けなきゃいけないことなら、知っておきたいです。 

4月16日に『ハーバード白熱教室』特別講義があります。
震災で打撃を受けた日本への「考えるエール」のようです。

見ます。見て、もっと賢くなりたいです。


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コメント

最悪の事態は日本に日本人が住めなく成る事かな?北海道はどうだろう?九州はどうだろう?四国もどうだろう!
日本は長い国だから〜きっと最悪の事態は,そう言う事かな?
チェルノブイリも何十年も出入り禁止だから福島だけでなく〜東京も住む場所ではなく成るかも?
日本人の半分以上が移住かな?当然住む家もお金の価値もゼロに成る....国として機能しない場合は
日本人全体が他の国に移住するか〜被爆するか〜どちらかを選ぶ時が爆発すると来るのかな?
米がないとか〜電気が止められる程度の話では無いと思う〜〜〜さようなら( ^ω^)おっおっおっ日本
そうならない為に必死で,出来る限りの最小限の被害にする為に骨身を削っているんじゃ無いのかな?

michiさん
そうなんですか…
そこまでサイアクとは思いませんでした。
コメント読んだあと、こわいーと思ったら、ピーゴロゴロ音がして、トイレに駆け込みました。
しばらく出て来られませんでした。
感情と胃腸って直結してるんですねぇ。

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