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2011年4月17日 (日)

原子力のゆくえ

 
昨夜『ハーバード白熱教室』で、震災後の日本について、
日本の学生、中国の学生、ハーバード大の学生、そして
日本の大人(石田衣良さん、高畑淳子さん、高橋ジョージさん、じゃぱねっと高田の社長さん)
が語り合いました。

サンデル教授が指揮官となって、意見を引き出す方式なので、
ふつうの討論番組と違って、秩序が保たれます。
そこでゆっくりと議論を聞くことができました。

まず「日本人は有事にとりみださないで秩序を守る」ことが賞賛され、
日本人にとっての当たり前が世界基準で言うと賞賛に値するものだと
知ることとなります。
日本人にしてみたら「有事にとりみだすんだね」と外国を知ることにもなります。

さらに、コミュニティの定義や、危険な仕事を引き受ける正義の動機付け、等々、
議論はどんどん広く、深くなってゆきます。

 
原子力への考え方も議論されます。
原子力を推進すべきか、廃止すべきか、両方の立場で議論されます。

わたし自身は、この事故が起こるまで、原子力について
考えたことがありませんでした。無知です。
東京電力に電気代を払い、普通に電気を使っていました。

環境問題については、地球温暖化が気になっていて、
毎年確実に夏が暑くなっているのを感じます。
わたしは子どもの頃2年ほど宮崎に住んでいました。
夏休みの絵日記にその日の気温を書かなくちゃいけないのだけど、
30度を超したのは、8月に3日ほどでした。
日本。アツクなってます!
CO2を大量に排出するのはやばい。
温暖化で水位が上がったら日本が沈没しちゃうかもしれない。
また、オゾンホールも恐怖です。原因はフロンですか? よくわからないのですが、
暑さだけでなく紫外線までが凶器になったら、子どもが外で遊べなくなってしまいます。

「ひなたぼっこしてくる」
「そんな、ひとりで自殺する気? わたしも行くわ」

『ひなたぼっこ心中』なんてことも将来的に考えられるわけです。

人間も猫もふつうにひなたぼっこが楽しめる環境。
それには「火」より「電気」だなと思っていました。

ところがこんな事故が起こってしまい、紫外線ではなく
放射線との戦いになってしまいました。

今まで呑気に電気を使っていたわたしが、事故が起こったからと言って
「即、反原発」となるのは、あまりに誠意がないように思え、
とにかく事態の収束を祈るように願い、現場の人の大変さを日々思い、
原子力の是非については、収束してから考えるべきと思っていました。
それが電気を使っているわたしの、つまり原子力に頼っていたわたしの
責任だと思うからです。

しかし収束にン十年かかるそうです。
収束への努力をしながらも、原子力の是非について
語るべき時が来たのかもしれません。

原子力については、アメリカの学生はオール推進派で、
日本や中国は半々、といったところです。
「安全性を高めながら使うべき」という意見が多かったです。
なかでも石田衣良氏はこういうふうに言ってました。

「危険だからといって立ち止まってはいけない。
人間は太古から火を使い、科学を発展させて進化してきた。
火だって最初は危険だった。ここで進化を止めてはいけない」

この理屈に、一瞬、納得しかかったのですが、ふっと、
進化ってなんだろうと、わたしは疑問を持ちました。
なんでも可能にするのが進化でしょうか?

「使っていた道具の危険性がわかったので、使っちゃいけないことにしょう」
というのも、進化ではないでしょうか。
「安全性を克服できないから、やめる」
これ、人間として、まっとうな判断ではないでしょうか。

「地球と折り合いながら、使える分のエネルギーで、生きて行く方法を模索する」
そこに知恵を尽くすことは、進化を止めることではないと思うんです。

進化の最たるものは、人間の限界を知り、ここまでと線を引き、
自然と共生することではないでしょうか。
自然の浄化作用とか、再生能力とか、ハンパじゃないですからね。
自然には一目置くべきです。そのほうが合理的です。

原子力について無知なわたしの「うっすらとした印象」で語りますが、
事故から1ヵ月経った今も、世界の知恵を結集しても「安全を担保できない」なんて、
そんな危険な道具は「使っちゃいけない」のではないでしょうか。

今はそう感じています。
勉強したら違ってくるかもしれないけど、現時点の考えです。

東京電力が津波を予測できなかったのは仕方ないとして、
天変地異が起こって、冷却機能が壊れちゃったまではわかるのですが、
そういう場合の後始末の方法がわからない。ここが問題で、
そんな不確かな道具はやっぱ、増やしてはいけないと思います。
雇用問題などあるから、即撤廃は無理にしても、
いずれなくす方向で、代替エネルギーを開発するしか
道はないように思います。

原子力が安全ならば、首都圏に作って、周囲を国会議事堂、
遊園地、動物園、高級マンションなどでぐるり取り囲んで
社会科見学に子ども達を「原発に行ってらっしゃい」と送り出す。
原発内で「なまさだ」やる。
それくらい安全なら、使えばいい。

昨日の講義で、各国、各人、意見が異なる中、
「秩序を守る日本人を見て希望を感じた」この一点は世界共通で、
「秩序守って、あいつらばかだー」と笑う人はいなかったわけで、
美意識の共通性に救われる思いです。

そうですよね。文学も映画も国境を越えてますから。
手段は違えど、目指す平和は同じかも。

いずれ戦争もなくなる。そんなふうに思いました。

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ぶんぶん的日常」カテゴリの記事

コメント

はじめまして 私もその放送見ました。
大変意義のなる内容でしたね。

別番組でチェルノブイリのその後を取り上げた番組も みました。
チェルノブイリの原発の脅威はまだ残っていて
未だに放射能汚染の危機があり
職員が管理し続けなければいけない 先の見えないものだそうです。

私は 正直 あれだけの終わらない惨事をみても
未だに原子力推進派の人間がいることに失望と怒りを覚えます。

進化という言葉で負の遺産を未来の子供に責任転嫁し続ける行為です。
原子力推進する意見の人は 
具体的に何ができるから言っているのでしょうか?
そのような意見は 専門家や実際何かあった時責任がとれる
責任をとる覚悟がある人間だけが発言を許されるものではないのでしょうか?

 結局は今までの生活を変える気がさらさらないだけでなく 
 もっともっと便利になって欲しいというエゴ。もう十分なのではないのか?
 人間本来の力 自然の力によりそっても良いのではないのか?
 
 進化の途中であってもハプニングがないなどありえません
 そんな時の人災をどうするのか?一瞬で県が被ばくし住めなくなる。
 そこまでの犠牲をはかりにかけ リスクを犯す必要があるのか?
 自分が身を以て関わるつもりのない人間だから
 無責任に言えるのだと思います。
 

自分の地元や身内が被災してもなお 原発を推進するといえるのでしょうか?
自分の家の隣が原発でも同じように言えるのか?
想像力を生かす作家の石田衣良さんが原子力発電推進派と知って
正直ちょっと嫌いになりました。(笑)
あの意見は遠いとこから恩恵だけを受けるスタンスであり
冷たい第三者の意見に映りマイナスでした。

どんなに技術が向上しても その危険は変わりません。
人間のやる事に絶対安全などない事を今回学んだはずです。

進化したいという個人のエゴを進めるには まわりを巻き込みすぎます。
自然界にもともとない物質を生み出すことが元々の過ち。
それを自然浄化出来ないのですから。

今すぐにとは言いません。
ゆっくりと原発に頼らないエネルギーへの移行を望みます。

推進派はぶちゃけ 
原発の隣に永久的に住むという誓約書にサインしてから
発言したらいいと思いますよ。

あろえさま
ご覧になったんですね。
原子力についてはこれからいっぱい議論されるでしょう。
わたしはハーバードの学生で反対派がゼロだったのが
ちょっとびっくりでした。
開拓者の気質なのか、もしくは国土が広いからかもしれません。
今回のことは、天災によって引き起こされた事故なので
推進派には推進派の理屈があるんでしょうね。

石田衣良さんは以前、朝青龍の鬱病を「仮病に決まってる」と言い切ったので
その日からずっと苦手なヒトなのですが、この番組では
「ルソーだってyoutubeを見たら意見を異にする」と言ったのは感心しました。
でも進化についての意見は、
「ああいうことで今までやってきて、いいことあったかな」と
疑問に思いました。高度経済成長期みたいな、時代の落差を感じます。

>今すぐにとは言いません。
ゆっくりと原発に頼らないエネルギーへの移行を望みます。

同感です。
福島の人の中にも「原発に誇りを持っている。なんとか収束して再開したい」と
言っている人もいるので、じっくりゆっくり国全体で考えて、
取り組んでいかないといけない課題ですよね。
わたしのような無知をなくすよう、教育も必要です。

大山さま 

あの番組での話を誰かと分かち合いたくて うずうずしてたので
こうしてお話し出来て嬉しいです。

私も同じく
ハーバードの学生で反対派がゼロだったのに注目。
やっぱり アメリカらしいと感じました。
さすが 銃が日常にある国 と 納得。

世界のなかで原発利用の意識が変わっても一番最後まで
エネルギー移行しない(遅れる)国だろうなと。

今日のニュースでグリーンエネルギー移行への
取り組みを推進する案が出ているのをきいて
少しホッとしてます。この流れが主流になり
世界中の大きな流れの後押しになって欲しいです。

電力を無駄に使いすぎる過剰な光について

夜の眩しすぎる下品な光害に麻痺していた都会生活者も
節電のなかで情緒ある陰影を楽しむことに
気がついてきたようです。

本当の前進とは 過剰なエネルギーをMAX使う事ではなく
力の加減を調節しながら美しく安全に生きることと気付いて欲しい。

節電ムードは 悪い事だけじゃなく
当たり前の生活を見直し
ほっと出来る 柔らかい光の良さを味わえる機会になりましたね。

日本も昔は 日常的に趣のある光の使い方が上手かった国
海外のように 美しい夜の光を取り戻せたら良いですね。

コメント返信 ありがとうございました。

あろえさま
こちらこそ、お話できてうれしかったです。
あの番組を観ると、いつも「わたしはこう思うんだけどな」って
意見がどんどんお腹のなかからわきあがってきて、
「ねえ、あなたはどう思う?」って人と意見交換したくなります。
つい、参加しちゃうんですよね。

最悪の災害が起こった日本だけど、せめてここから先は、
一歩一歩いい国になってゆくといいですね。
西洋の受け売りとか、先進国の見栄を捨て、
オリジナルな価値観で、ゆっくり国づくりしたいです。

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