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2011年5月

2011年5月30日 (月)

5歳のきもち

夢を見ました。

妙な夢です。わたしはわたしではなく、全くの他人なのです。
夢では幼かったり、大人だったりしますが、他人になるのは初めてです。

夢の中で、わたしは子役の芦田愛菜ちゃんになっていました。
昨夜『マルモのおきて』を見たせいだと思います。

夢のわたしは芦田さんで、特訓所で、おかあさんにビシバシ怒られています。
おかあさんは、現実のわたしの母です。
「だめじゃない! しっかりしなさい」と怒られています。

目が覚めて、自分の体がしっかり大きくて、おばさんであることに、安堵しました。
自分はやはり自分でいたいです。

芦田さんはドラマ『mother』以後、多くのドラマ、映画に出演しています。
「あんなに長いセリフ、どうして覚えられるんだろう」
なんどかそう感心したので、それも夢に影響しているのでしょう。
セリフ覚えすごい=特訓 とイメージしたのでしょう。

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2011年5月28日 (土)

乙女の遊び

朝、起きまして、ひとくちなんか食べて、
書き書き。

力尽きる頃に昼が来て、ふたくちなんか食べて、
書き書き。

3時頃に1〜2時間の休憩(散歩かDVD)をとり、
書き書き。

その日のノルマ(自分に課したもの)が終わる頃に夜が来て、
気分転換にめちゃくちゃな料理を作り、
夜ご飯を食べながら、ニュースなどをだら見する。

このところの乙女の日々です。

これを10日くらい無休で続ける予定です。予定は未定。

そんな乙女には乙女なりの遊びがあります。
着せ替えごっこです。

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2011年5月27日 (金)

生まれて初めてのちょっとうれしい話

生まれて初めて夫に服を買ってもらいました。

コトの始まりはバスタオルです。
バスタオルが1枚だめになり、1枚買い足したくなって、
夕方、近所の商店に夫婦で行きました。

近所でバスタオルを買うのにわざわざ夫婦で行く?
なんとも仰々しいというか、いちゃついてんじゃねーよな話ですが、
わたしたち夫婦はふたりとも家内作業を生業としています。

ほっておくと一週間でも二週間でも仕事部屋にこもっています。
わたしも夫も仕事が好きなので、連続作業が苦ではありません。

が、これ、体には悪いです。
ですから片方が出かける時、片方に声をかけます。
仕事のタイミングが合えば、いったん作業を中断し、一緒に出かけ、
外の空気を吸い、足を使い、血の巡りをよくするのです。

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2011年5月26日 (木)

買い物正解不正解

先日購入した洗面所のマット。
すっかりいなもとのベッドです。

Mat

猫も新品が気持ちいいんですね。
買って正解でした。
マットって足の裏にふわっとするものなんですね。
その感覚、すっかり忘れていましたよ。

ちなみに15年使ったマットは捨てていません。
なんとなく、捨てられません。


一転、
コチラは不正解の買い物。

5hon

食材を生協で注文し、届けていただいているのですが、
カタログは食料品以外見ないようにしているんです。
無駄遣い厳禁なものですからね。うちはまだまだキビシイ状況です。
が、
たま〜に目に入っちゃうんですよ。
ムダなもの。
これ、五本指サポーターってネーミングなのですが
「なんか、気持ち良さそうだな」って誤解して、
ついうっかり申し込んじゃったんです。

履いてみると、いいんですよ。座っていれば。
しかし立つと痛いんです。
土踏まずを刺激するパッドが入ってるんですが
なにもここまで!って突起が大きくて、イテテ。
体重をかけると痛いんです。

青竹踏みの論理ですが、ひたすら痛い。
ガニマタにすると、体重が土踏まずにかからず、なんとか歩けます。
だからガニマタになっちゃっています。

失敗を認めたく無くて、意地で履いています。
無駄遣い厳禁ですからね。

ガニマタで歩くと何か特別な訓練をしているような気にもなります。
向上心豊かなわたしは(ほんま?)、特訓が大好きです(ほんま?)。
日々是精進、ほしひゅーまん。

なんとなく、夫の目が冷たいんです。

ガニマタ奥さんはお気に召さないようです。

夫の愛よりも特訓が大事ですので、もうちょっとがんばります。

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2011年5月24日 (火)

一年生のきもち

打ち合わせの帰りのことです。

乗り換えのために降りた駅で、電光掲示板がちょっとおかしなことになっています。
次の電車が「NO ナンタラ」になってます。

ナンタラのところも英語なのですが、わかりかねます。
中学英語すらあやしいわたしにはわかりかねます。

アナウンスは英語ではなく日本語なので理解できました。
人身事故が発生したためダイヤが乱れているとのことです。
いったんターミナル駅まで引き返し、乗り直さなくては帰れません。

「え〜今からあの駅まで戻るの?」

しかたなく階段を昇り始めました。
戻るためにはまずムコウのホームへゆかねばなりません。

心の中で「ちっ」と、舌打ちしました。
瞬間、ザックリと罪悪感が押し寄せました。
人がひとり亡くなっているのに、舌打ちした。
そんな自分にショックを受け、反省しました。

ドラマ『ゴーストタウンの花』を思い出します。

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2011年5月23日 (月)

夢のおうち

自称、犬派です。
ちっさい頃から犬には目がなくて、野良犬をかまったり、
子犬拾って空き地で育てたり、思い出は尽きません。
「いつか犬を飼う」が夢です。
ええ、飼ったことはありません。
ありませんので、ますます夢見る…どうどうめぐりです。

が!

昨日、友人宅の犬を見て、どっきり!

でかい!

怖い!

記憶が甦ります。
6年生の時、近所の犬に手を出し、噛まれたことを。
そのうちの人が病院に連れて行ってくれたこと、
「お前が悪い」と親に叱られ泣いたこと…

昨日の犬はすばらしく大きく人なつこく顔もかわいくて、噛むことはないのに、
噛まれた記憶が甦り、

ひとなでも触れませんでした!
自称犬派を撤回し、「いつかは犬派」目指します。

↓でかさは精神的比率です。こんな怪獣ではありません。

Doog

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2011年5月22日 (日)

ついてゆく担当

本日は中学時代の仲間と会います。
部活動仲間です。バレーボール部でした。
「アタックNo.1」の影響でバレー人口が多かった時代です。
今日は8人集まる予定。ときどき会ってます。

集合場所はキャプテンち。
初めて行くけど、犬と雀がいるらしい。
キャプテンは中学時代から責任感のヒトで、
大人になった今も変わらず責任感のヒトで、
いつも面倒を引き受けてくれます。尊敬。

ほかにも気配り担当、指示担当、愉快担当、笑顔担当、いろいろいます。
メンバー多くて、それぞれにそれなりの存在感があります。
みんな、変わらないです。
わたしは昔も今もみんなのうしろを付いてゆくだけ。
付いてゆく担当。無責任担当とも言う。

さて、おでかけまでまだちょっと時間があるので創作します。
ぎりぎりまでしつこく書き書きします。集中!

あ、
今夜22時からNHK教育で『カズオ・イシグロを探して』が放送されます。楽しみ。

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2011年5月21日 (土)

J向上委員会

「今、自信喪失した!」

という瞬間が、わりとはっきり、あります。

創作や、人間関係や、猫との関係や、家事全般や、礼儀作法や、
漢字を書けないとか、言葉を知らないとか、地理が苦手とか、ふけたとか、
自信喪失ジャンルは多々あります。

多々ある中で、比較的はっきりと、そう、どっかーんと

「あ、わたしって、こんなことができないんだ!」

と自覚する瞬間があります。

ひとより劣っている。という自覚です。

昔はそこでどーんと落ち込むか、「ほなサイナラ」と逃げていましたが、
今はショックの中に静かに手応えを感じたりもします。

自信喪失は一種の怪我です。
すると、自然治癒力なのでしょうか、
いつも以上のパワーがふつふつとわいてきて、再生しようとするのです。

「苦手がわかったんだから、ここをがんばろう」とか
「できるようになったら、きっと世界が広がるぞ」とか

ジャンルによっては「苦手だから逃走しよう」もアリです。
若い時の「ほなサイナラ」ではなく、
考えた上での「ほんとにサイナラ」です。

自信喪失後、わくわくします。
変です。
でもそうなんです。
さいきんのわたし、自信喪失と仲良しです。

ところが先日、父は言いました。
「お前、何があっても自信を失うなよ」
は?

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2011年5月20日 (金)

うれしいさんと残念さん

昨日は、うれしいことと、残念なことがありました。

うれしいさんは昼間やってきて、残念さんは夜に訪れました。

これって物語としてよくない構成です。
物語は先に落としておいて、あとで上げるんです。
すると、見てスッキリなドラマになるんです。

神様はドラマづくりの心得を知らんやつだ。

残念さんが訪れたあと、わたしは10分間、ぺったんこになっていました。
心身ともにぺったんこです。
ぺったんこになりながら、3行前の言葉をぶつぶつつぶやきます。

神様はドラマづくりの心得を知らんやつだ。

でも10分後、わたしは元気にめし食っていました。
気付いたんです。

「ドラマは神様が創るんじゃない。わたしが創るんだ」って。

すると話はこうなります。
ここはラストじゃないんです。
ラストは落ちません。上がるんです。
わたしは読後感の悪い小説は嫌いだし、救われないドラマは見たくありません。
これから上げればいいのです。
ラストはわたしが握ってる。わたしが未来を変えられるんです。

これからこれから。

それにはめし食っとこ。これです。

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2011年5月18日 (水)

おまえうまそうだなこんびーふとくさまつり

とても評判がいいアニメ映画『おまえうまそうだな』を見ました。
DVDになっています。

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肉食獣と草食獣のあいだに奇跡的に生まれる親子愛、そして友情のお話です。
ジブンとはナニか。
ルーツはどこか。
他の命で生かされているジブン。
他とジブン。などなど、哲学的なテーマも含んでいます。
良心的に創られています。

絵本が原作のようです。
絵本の絵を見ると、ああ、こちらのほうが数倍良いです。
アニメのキャラもかわいいのですが、ピカチュウ路線です。
ジブリの完成度に慣れてしまうと、ずいぶん粗く見えてしまいます。

絵本のキャラクターはとっても味があるので、絵本のタッチをもっと活かせば、
ジブリとはまた違った文化的アニメになったんじゃないかなぁと
勝手に思ってしまいました(思うは易し)。

絵本の絵

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さて、コンビーフに目がないわたし。また新しいタイプを見つけました。

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2011年5月17日 (火)

みみずの心臓

洗面所にマットを敷いています。
そのマットがたいへんみすぼらしいことに気付きました。
思えば15年、使っています。
洗えばすぐ乾くので、15年間それ1枚でやってきました。

そのみすぼらしさは、なんと形容すればいいのでしょう。
顔を洗い過ぎて目も鼻も落ちてしまったようなたたずまいです。
顔を洗い過ぎて目も鼻も落ちてしまうことはまずありませんが
まあそんなふうに、すり切れ、色落ち、もはや息絶え絶えの様子です。

なぜこうもみすぼらしくなるまで、そのみすぼらしさに気付かなかったのか。
不思議なくらいですが、気付いたきっかけはよそさまの家です。
そのおうちのマットがすばらしかったんです。
華美でなく、地味でなく、色も床にぴったりで、もちろん元気です。
現役ばりばりといったたたずまいです。
本来マットというものは、こういう顔をしている。
それを教えてくれました。
背負って帰りたくなる気持ちを良識あるわたしは抑えました。

家に帰ると茫然自失です。
洗面所のこれはマットではありません。
元マットです。
マットのしかばねが横たわっているのです。

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2011年5月16日 (月)

黄土色の夢

半世紀生きて来て、一度も髪を染めたことがないけど、
染めようかなと思ったことが無いわけではありません。

二十代後半、ふと「髪を染めてみようかな」と思いました。
子育てと介護で手一杯で、髪を振り乱して生活していたので、
ちょっとだけ気分転換してみたかったんです。

結局、ふと思っただけで、実行しませんでした。
忙しい時は染める時間もないですからね。
その時染めたかった色は「黄土色」です。
なぜ黄土色かというと、栗色だと天然に見えてしまうし、
染めるなら「染めた!」とわかるようにしたかったんです。

もはや二十代後半の頃ほど髪に興味がなくなって、
今は放置状態ですが、今日は久しぶりに黄土色にしたかった過去を
思い出しました。

理想にぴったりの黄土色の髪を見かけたのです。
電車の中でです。

その人は、若い男性で、学生のように見えます。
つんつん立つくらい短い髪を黄土色に染めており、それは茶トラの猫の毛並みに似ています。
彼は出入り口ふきんに立っており、友人としゃべっていました。
友人は座っているので、黄土色の彼は下を見ながら話しています。
よほど楽しいことがあるのか、笑顔で話が尽きないようです。
友人が座っているのは座席ではありません。
車椅子に座っています。髪は黒で、顔は見えません。

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2011年5月15日 (日)

ねこべんサプライズ

『猫弁〜死体の身代金〜』受賞のお祝いに、友人たちがくれました。

こ・こ・こ、これは…にゃんだっ?

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にゃんと、猫の弁当箱です。

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はっ! そうか! つまり、猫弁だっ!!

猫弁だっ!!

すごいチョイス!
ナイスチョイス!

大切に使わせていただきます。

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2011年5月14日 (土)

トリック報道

先日、NHKの『爆問学問』で、トリックアートを紹介していました。
いわゆる「錯覚」です。
見る角度や条件によって、本質とは違う見え方をする。
それを学問として研究している人が登場して
さまざまな錯覚を披露してくれました。

錯覚によって見えている形が、本来の姿を見せるとき、
脳がぐにゃりとゆがむような感覚を味わいます。

人ってこんなにも簡単に「錯覚」するのだ。
オドロキです。

ふと、思い当たることがありました。

母が、ある事件について、ある感想を述べます。
その感想と全く同じことを同じ言葉で話す人が、知り合いにいます。
わたしはその感想に「ある種の偏り」を感じます。
その事件にそういう感想を抱くのは、あってもいいことだけど、
アカの他人がこうもピタリと同じ視点でものを言うのはおかしい。
それほど公平な意見とは思えません。

わたしは想像します。
テレビの報道番組の視点をなぞっているのだと。

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2011年5月13日 (金)

わたしの本名

贈り物に厳しい目を持つ母にハンドクリームを贈ったその後ですが
いまのところノーコメントで、反応はありません。
電話はかかってくるんです。最近ひんぱんにかかってくるのですが、
ハンドクリームについてはノーコメントです。反応ナッシングです。
こちらも「どう?」と聞いてあーだこーだ文句を言われるのも嫌なので
聞けないでいます。

想像はつくんです。
まだ使ってない。これです。

使ったことのないものを使うのって、めんどくさいのでしょう。
母はハンドクリームを使ったことがないと言ってました。
それで別段困ってないのなら、使う動機付けがありません。

たとえばわたしが毛染めクリームをもらうとします。
今まで1度も髪を染めたことのないわたしが、
毛染めクリームをもらったら、うれしい反面どうしたらいいかわからず、
使用方法を判読するのも面倒で、1年はほっておくと思います。

母はわたしがあげた贈り物に反応を示しませんが
わたしが載った雑誌についてはえらく喜んで、
「あんたが載ってる。文章も読めた」と電話をくれます。

メルマガ『ぶんぶん便』にも書きましたが『公募ガイド』に載った手記です。

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作品が載ったわけでもないのに。
まるで小説が出版されたかのような喜びようです。

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2011年5月12日 (木)

犬と猿の名作

東京は灰色の空です。霧のような雨が降っています。
実際、今日のは「縦に落ちて来る霧」なのかしら。
どこまでが「霧」で、どこからが「雨」なのか、
ひとつぶの直径で決まるのか、よくわかりません。

朝、ガス屋さんが警報機を取り付けに来てくれました。
ガス漏れ警報機で、5年持つそうです。
今あるものの期限が切れたので取り替えに来てくれたのです。
月払いだと数千円高くなる計算なので、一括現金払いしましたが、
イテテ。痛い値段でした。

5年持つのだと自分に言い聞かせます。
でも、5年後もここに住んでるかなぁ。

5年ってかなりの年月です。
はてしない道のり。

図書館で『怒りの葡萄』を借りて見ました。
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2011年5月11日 (水)

怒るひと。掃除するひと。

福島の原発事故で、立ち入り禁止区域の住民が一時帰宅できるというニュースを知りました。

帰れない人たちのこと、残された動物達のことがずーっと気になっていて、
頭の上に石がのっかっているような気持ちでしたので、
ニュースを知って少しだけほっとすると共に、時間が経ちすぎるくらい経ってしまったので、
直視するのがこわい…という気持ちもあります。

「すわ、避難!」となって、とるものもとりあえず避難した人たちは
こんなに長く帰れなくなるとは思わなかったでしょう。
政府にしても、高濃度の放射線汚染された場所へ国民を帰すわけにも行かず、
半減期などを伺って、ようやくこの時期となったのでしょう。

幼い頃、宮崎に住んでいて、台風による避難をなんどか経験しました。
まるでドラマのように、夜中に玄関の戸を叩く人がいて
「水が来ます!危険です!避難してください」と
鬼気迫る声がするんです。

子どもなので、ねぼけまなこなのですが、
大人たちがバタバタと身支度をして、
気がつくと家族みんなで小学校の体育館にいるのです。

不謹慎ですが、子ども心に、非日常が面白かったです。
「明日は帰れる」という確信があったからです。
たいてい避難は1日で済み、戻った自宅は庭の木が倒れていたり、
雨戸が傷んでいたりしますが、すぐに日常が戻ります。

父は勤め人で、全国を転勤するお仕事でしたから、
地元の土地が少々荒れても、給料に変化はなく、我が家の生活は変わりません。
子どものわたしに危機感はなく、どこかヒトゴトだったのでしょう、
避難は遊びのような感覚でした。

ところが今回の震災はそうはいきません。
津波で土地を失った人々は、すぐには戻れません。
また、福島の原発区域は、ひょっとすると、生涯戻れないかもな惨状です。
東京にいるわたしが想像するだけでも、頭の上に重しがのっかるような
息が詰まるような現実があるのです。

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2011年5月 9日 (月)

続ける話 〜鈴木さんのゲゲゲ〜

日本映画でひさしぶりに「見て良かった」と思えるものに出会いました。

ゲゲゲの女房

鈴木卓爾監督。脚本も鈴木さん。
鈴木さんはわたしが大好きな映画『ひみつの花園』の脚本も書いてます。
たしか矢口監督と共同脚本だったと思います。
鈴木さんが監督!ってことで、DVDを借りてみました。

『ゲゲゲの女房』は朝の連続テレビ小説が話題になっていました。
わたしは朝ドラのほうは、見たり見なかったりで、集中できませんでした。
創作に打ち込んでいると、決まった時間に毎日テレビをつけるなんて無理で、
朝ドラは見ることができないんです。

夫は見ていたようです。
夫は「勉強だ」と言いながら、様々なドラマを見ています。
いつかわたしが書くことになったら、手助けになると思ってくれているのです。

「この先JUNKOさんが朝ドラを書く日がきたら、ぼくは会社をやめる覚悟だ」

これ、永久保存版の名言です。
会社に勤めてないくせに、やめる気ですってサ。
ありがたくて涙が出るほど笑っちゃいましたよ。

まあそれに、わたしが朝ドラを書く日は来ませんね。
全く想像できません。
わたしが皇太子妃になるくらい、ありえません。

皇太子が最愛の雅子妃と別れて、わたしを見初めて、再婚。
その前にわたしも鼻毛の白い夫と別れなくてはだし、
そんなまわりくどい展開、ありえません。

さて鈴木監督の『ゲゲゲの女房』ですが、

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2011年5月 7日 (土)

母の日イヴ

明日は母の日ですね。

おかあさんがいらっしゃる方もいらっしゃらない方も
ふっと、おかあさんのことが頭によぎる日ではないかしら。

わたしはいつも母に花を贈ります。
近所のお花屋さんで700〜1000円くらいの花束を作ってもらって、
歩いて母に届けて、家には上がらずに帰る。
それがここ数年の習慣です。

なぜ「花だけ」かというと、母は気難しいのです。
いえ、母はおおらかです。
おおざっぱと言ってもいいくらい、おおらかです。
しかし何故か「もらいもの」に関してだけ、妙に気難しいのです。

何を贈っても文句を言います。
靴下を贈ると「ゴムがゆるい」
服を贈ると「サイズがきつい」
ええ、上記の件ではこちらに非があるのはあきらかです。しかし、
食べ物を贈ると「そんなにおいしくない」
バッグを贈ると「今使っているのが便利でね」
食器を贈ると「まあ素敵。しまっておくわね」

贈り甲斐がありません。
うそでも「うれしい、使うわ」と言いません。
あまのじゃくなのではなく、正直なんです。
実際、わたしが20年前に贈った折り畳み傘を今も使っています。
気に入って使いやすいと、使うんです。
合わないと、お世辞も言わないし、使わないのです。

おためごかしナッシング!
こういうとこ、どうかと思いますが、そうやって80年生きて来たのですし
これから社会へ出てどうこうするわけでもないわけですから、
「そういう人」ということで、こちらも対応致します。

ものを贈って母が喜ぶ確率はほぼ10%。
その場合、どうするかというと、危険を避けて
必ず喜ぶとわかっているものに致します。
それが花です。
花は何を贈っても少女のように喜びます。
水を替え、何日も楽しんでいる様子です。
花なら、どんなに安かろうが豪華だろうが、喜びます。

しかしわたしは今回、冒険をすることにしました。
久しぶりにものを贈ろうと思ったのです。
なぜかというと、

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リッチマンのマナー

「受賞のお祝いしたげる」と友人に言われて、のこのこ都心へ出かけてゆきました。

2月末に小説の賞をいただき、多くの方に祝辞をいただきまして、また
「お祝いしようね」と声をかけてくださる方もたくさんいました。

でもとにかく忙しかったんです。
バタバタと作業が始まり、お祝いはそのうちに…と遠慮しているうちに、

ガツーン!と大地震。

それからますますそれどころじゃない!ってことになって、
いつのまにか受賞は遠い昔の記憶になってしまいました。
出版準備やドラマ化の作業など、先のことしか見ていなかったのですが、
最近また「そろそろお祝いしよっか」と
声をかけていただくようになりました。

日本中がたいへんな時に、なんですが、冥土の土産と思って、のこのこ行きました。

これ、な〜んだ?

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ヘモグロビンです。うそです。

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2011年5月 5日 (木)

待てセリヌンティウス

だらだら、しています。
今世間はゴールデンなウィークらしいです。
そのせいかもしれません。

うちは勤め人がいないので、ゴールデンなウィークとか、
ボーナスがなんたらとか、そういうの、遠い夢の世界のようで、
実感がありません。

ゴールデンなウィークだからと遊んでヨシな身分ではないし、
ボーナス時期だからと言ってものを買うわけにもいきません。
有給休暇もボーナスもないんですからね。

ただ、この時期になると、お休みっぽい気分というか、
匂いみたいのはちゃんと伝わってくるのです。
道、混んでいますしね。店、混んでいますしね。

やきとり屋の隣で、匂いだけかいで、ヨダレを垂らしているような、
そんな状態で、ゴールデンなウィークをやり過ごしています。
匂いにつられて、だらだら、しています。

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2011年5月 4日 (水)

特等席

夢を見ました。
古い大きな日本旅館の一室に、布団が敷き詰められていて、
その上に座って、男女が複数おしゃべりをしています。
中学とか高校の、体育系合宿所のようなイメージです。

男性は3名、あとは女性だったと思います。全部で10人はいました。
さあ消灯だ、となって、みながお布団に入りました。
気がつくと、わたしのぶんだけお布団がありません。

立ち尽くすわたしに、誰も声をかけません。
ただじっと非難するようにわたしを見つめています。

押し入れをのぞくと、湿ったようなお布団が残っています。
わたしはそれをひっぱり出しました。

敷き詰められた布団の間が少しずつ開いていましたので、
少しずつ詰めてくれれば、敷くことができます。
「詰めてくれる?」と聞いたら、みな黙って首を横に振ります。
わたしのお布団を敷くことは許されないようです。

途方に暮れましたが、見つけました。
みんなの足元に、畳が見えています。
みんなの足の方向に、長い隙間があるのです。

「足元ならいい?」と聞くと、誰かが「どうぞ」と言いました。
わたしはお布団を縦に半分に折って、畳の隙間に敷きました。
そしてお布団に入ろうとすると、いつのまにかそこにも人が寝ています。

だめなんだ。
わたしのいる場所はないんだ。
とてもさびしく感じましたが、当然のことのようにも思えました。
夢の中ですけど、そういう感覚に「慣れ」のようなものを感じているのです。

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2011年5月 3日 (火)

おもちゃの食事

初めての出会いは、高校生の時でした。
カップラーメンとの出会いです。

お湯を注いでフタをすると、3分で出来上がる。
「便利」とか「簡単」というのがウリだったのだけど、
わたしにとりそれは「おもちゃ」のような存在でした。

主婦ではないわたしにとって、料理が簡便になることなんて
なんのメリットもありません。
ただ、「できる面白さ」を楽しく感じたのです。

カップラーメンの前にチキンラーメンがあって、
それは丼と皿が必要でした。
鍋もなくできるだけでも画期的で、よく兄が食べていました。
わたしはあの独特の匂いが苦手で、食べたことはありません。

初めて出会ったカップラーメンは『日清のカップヌードル』です。

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2011年5月 1日 (日)

ビタミンフラワー

何日かぼうっと白い花を見ていましたら、思いがけず今日、
ビタミンカラーの花をもらいました。

Hanay

娘が来て、この花をくれて、さーっと行ってしまいました。
元気を出してということでしょう。
なんて心根の優しい、良い子でしょう。親の顔が見たいわ。

今、本を読んでいます。カズオイシグロの『わたしを離さないで』

Book

なぜ読んでいるのかというと、

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