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2012年9月16日 (日)

となりのトーノさん

うちの母から電話です。
「となりのトーノさんはなにか賞をもらったらしいよ」

いつのニュースなんだか、わけわかりません。
母は東野圭吾さんを「となりのトーノさん」と呼びます。
どこかの本屋さんで猫弁の隣に東野圭吾さんの著書が置いてあったのを見たらしく、
以後、ずっとそう言います。

「あんたはどう? なにか書いてる?」
ええ、書いてます。まいにちです。がんばってます。

パソコンの前でうんうんうなる…

ということはまずありません。

ノートに向かってうなる、とかもないです。

夫から見れば「いつ書いてるのかな」的にわたしは料理し洗濯し
十時間も寝るし、DVD見てハハハハハと笑い、
あるとき突然「読んでみる?」と新作を見せたりするので
夫はわたしを

天才

と思っているみたいです。

もちろん違います。

アイデアは意識のはじっこで誕生します。
起きて「おはよー」と言った「よー」の瞬間だったり、
人としゃべっている時に浮かぶこともあるし、
電車に乗ってるとき、降りる瞬間もあります。
感じとして、後頭部で生まれます。前頭葉ではありません。
たまに側頭部もあります。
いつか前頭葉を使う日が来るかしら。したらば、大傑作に?

ひょいと浮かんだら、あとは書き写すだけなので、
そう時間はかからないんです。

時間がかからない理由はもうひとつあります。

小説というものをわかってない。
だからなんの躊躇もなく書いてしまうんです。
自己ツッコミ入れない。
人から見て駄作でも、自分では大傑作と思ってラストまで書いちゃう。
それがいままでのわたしでした。

ところが最近、ツッコミを覚えました。

小説はあいかわらずよくわからないまま、
ツッコミだけ身に付いちゃったんです。ゆえに

悩む

とかするようになりました。

「このシーンをどの視点で書いたらいいか」とか
「この展開はアリかナシか」とか

悩むことに慣れてないからたいへんです。
パソコンにもノートにもむかわずに
ただ「悩んでるう」と口に出します。

うなって生む。という経験がないから
うなって考える。ができないんですね。
脳内ゼロ状態でうろつき、「なやむなやむなやむ」と念仏のように口ずさみます。

夫は「へえ、一人前になったね。作家みたいじゃん」と流していましたが
少しは心配してくれていたようです。

本屋さんに置いてあったと、こんな冊子をくれました。
「東野さんも、悩んでいるよ」

人気シリーズガリレオの誕生から最新作までの
創作のエピソードや苦悩が書かれています。
無料の冊子。
やさしいタッチでたんたんと、起こったこと、作家の心の動きが書かれていて、
短い文章の中に、物語がありました。

めちゃくちゃ名文。

いいんだ、悩んで。
とてつもなくさわやかな気持ちになり、勇気をもらえました。

Higasino


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コメント

悩んでいることに正面から向かい合っているときではなく、
全く関係ないときに、すこんと解放されることってありませんか?
通りすがりの人たちの会話を聞いてとか、猫が顔洗っているのを見たりして・・・
あれ、不思議なんですけど、もしかしてJUNKO さん言うところの「後頭部」なのでしょうか・・・

おのださま
全く関係ないときに解放される…あります!
ありますあります!
後頭部的発想のほうが、純度が高く、
まともな着地点にたどりつくことが多いです。わたしの場合。
正面で向き合うと視野狭窄におちいっちゃうのかもしれない…わたしの場合。

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