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2013年10月30日 (水)

哀しむ才能

ここ5年くらいで、1番印象に残った本はなんだろうと考えました。

頭に浮かんだのは『ノラや』内田百閒(中公文庫)。
Noraya
 
明治の文豪・内田百閒の随筆です。
たしか3年くらい前、書店でワゴンに積んであり、
しぶい写真に心惹かれ、購入しました。
わたし自身は『猫弁』をコンクールに応募したものの
結果はまだ出ていない頃です。
 
百閒先生、庭に入ってきた野良の子猫にふとした出来心で餌をやります。
鳥を飼っていたため座敷に猫が入ることを許さず、
板の間までは良しとして、日々、それとなく気にかけていました。
「飼い猫」と言えたかどうか、
「ノラ」という名前からもその距離感がわかります。
それがある日、いなくなった。
ここから百閒先生の苦悩の日々が始まります。
 

ノラやノラやと帰りを待ちわびます。

新聞広告はもちろん、ラジオでも呼びかけます。
「似た猫がいる」と聞けば馳せ参じ、
「死んだ猫を庭に埋めた」と聞けば、行って掘り返して骨を確認します。
 
一匹の猫。
それは彼の「視野の端っこ」にあったはずなんです。
それが欠けてからの彼の焦燥感たるやすさまじく、
気が狂ったとしか思えない行動、心理が綴られます。
 
二週間経ち「そろそろ顔くらい洗おうと思ふ」 え? 洗ってないの?
一ヵ月経ち「そろそろ風呂に入ろうと思ふ」 え? 入ってないの?
 
この本を読んだ時、衝撃を受け、人に話さずにいられなかったのですが、
ある人はこの作品を
「もうろくしておかしくなっただけじゃん」と笑い飛ばしました。
わたしはいたく傷つき、この本の話を人にするのをやめました。
 
『ノラや』に出会って3年経ちました。
その間にわたしは作家となり、いろんな本を読み、映画を観て、
感動して泣いたり笑ったりしましたが、
深くつきささって忘れられないのは『ノラや』です。
 
哀しむ才能。
傷つく、哀しむ、落ち込む。
目をそらせずに負にとどまってとことんダメになるのも、
人間の強さではないかと思います。
うらやましくない才能ですけどね。
 

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コメント

「まつとし聞かば・・・」ですね。
『ノラや』で、思い出しましたが、
今は昔、大阪万博の年(古っ!)にもらった雄猫がある日突然いなくなり、
いまだに、どこかでないているんじゃなかろうか(大化け猫ですね)
・・・と思ってしまったりします。
百閒先生といえば、桃太郎が生まれた後の
あの桃の行方がわかる小説もあって大好きです。

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