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2014年7月13日 (日)

おかあさん

わたしが映画のプロットライターをしていた時、
全くの裏方で、名前も出ないのに、
おかあさん(夫の母)は「淳ちゃんが作った映画よ」と言って、
劇場に2回も足を運んでくれました。
その映画のノベライズが出たときは、
「本屋で見かけたけど、淳ちゃんの名前じゃなかったわ」と
くやしそうに電話をくれました。
 
プロットライターは企画会議に何度も足を運び、
映画の核となるストーリーラインを作ります。
エピソードもセリフも書き込んだ緻密な物語です。
技術もオリジナリティも必要なお仕事ですが、
企画が通っていざ製作がスタートすると、
プロット代が支払われ、スタッフからはずされます。
脚本にもノベライズにも関わることはできません。
 
愛情をこめて練り上げた物語が
人の手に渡り、思いもよらない方向へ形を変え、映像化された時、
わたしは辛い気持ちになりました。
 
映像界に居場所がないと感じたわたしは、
恐る恐る小説を書き始めました。
実家の両親は「無理無理!」とあきれていましたが、
夫のおかあさんは「いつか淳ちゃんの本が読みたいわ」と
実現する日を待っていてくれました。
 
『猫弁』がコンクールで大賞に決まった瞬間、
おかあさんの顔が浮かびました。
でもすぐには連絡しませんでした。
おかあさんは病気で記憶の定着が難しくなり、
映画を見るのも、本を読むのも、困難な状態だったのです。
 
わたしは受賞がうれしかった。でも、
待ってくれていたおかあさんに届けられない寂しさがありました。

おととい、おかあさんに会って『猫弁全集』を渡しました。

負担になってはいけないので、「読んで」とは言いません。
おかあさんは笑顔で「重たい本ね」と言いました。
ただ渡すだけのつもりでしたが、ふと思いたち、
わたしは本を開いて、言いました。
「ここにおかあさんのことを書いたんですよ」
あとがきの一文を指差しました。
 
おかあさんは「見えない」と言いました。
老眼鏡を渡すと、かけてくれましたが、「やっぱり見えない」と言いました。
さらに虫眼鏡を渡すと、指差した箇所を見てくれました。
そこにはたった一行ですが、
おかあさんがわたしにくれた言葉が載っています。
 
おかあさんはしばらくすると顔を上げて、
わたしをしっかりと見つめました。
「淳ちゃん、書いてくれたの」
おかあさんの目に涙が浮かんでいました。
「とってもうれしいわ」
 
時が経てば、おかあさんは忘れてしまうでしょう。
でもそのとき、おかあさんの心ははっきりと動いてました。
わたしはそれを確信したし、とてもありがたかった。
 
デビューから2年。
やっとおかあさんにわたしの本を読んでもらえました。

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コメント

おかあさまのもとに、思いが届けられてよかったですね。
「あとがき」は、一般読者の心にも、しみました。、

わたしのおかあさんも、
わたしのことを、とても大切にしてくれました。
でも、最後の2年には、わたしのことを完全に忘れてしまい、
会いに行っても「こんにちは。息子はいい子なんだけど縁遠くてねえ」と
笑顔であいさつされ(たしかに、結婚は遅かったです!!)
かかってきた電話に出ると、「すみません、まちがえました。」と
丁寧に詫びて切られました。
…今でも、雪がしんしんと降っている夜とか、
うるさすぎて何も聞こえない蝉しぐれの中を歩いていると
ふと、そのときの悲しいような、せつないような、
でも、笑ってしまいそうな気持ちを思い出します。

すてきなおかあさんですね。読んでいて私の目にも涙が浮かんできました。

私の「おかあさん」は実の娘とその子(孫)を溺愛し、私の子の話題もすべて義姉の子の話題にすり替えてしまうので、哀しくて距離を置くようになりました。

特に義姉の第三子にベタ惚れでしたが、私が第三子を産むと、病院にお見舞いに来て「親戚に言いづらい」と真っ先に言われました。
時期的に、義兄の結婚と第一子出産との狭間で、祝ってもらってばかりで申し訳ないという気持ちであるのは分かりましたが、ひどく哀しくて忘れられません。

「おとうさん」は私を気遣ってくださる方で、「おとうさん」がいらっしゃるときは、とても良くしていただきました。
もう「おとうさん」にご恩返しをすることはできません。

先生が羨ましいです^^

あとがき、私もじんわりしみじみしました。
またこのブログを読んで、
そして皆さんのコメントを読んで、
再びじんわりしみじみ中。。。

家族親戚で色々あって溜息ばっかりついていましたが、
今何かそっと肩をポンと優しく叩かれたような感覚です。

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