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2015年11月 3日 (火)

絶望のハードル

孫の紅茶(一歳)はめそめそ泣きません。

うおー!!!と野獣のように泣きます。
顔じゅうに涙のつぶが跳ね、体はそっくり返り、
「この世の終わりだ!」とばかりに泣き叫びます。
Koucha
 
危ないことをしようとして「ダメ」と言われた、とか。
ドアを閉めたら、おかあさんが見えなくなった、とか。
絶望のハードルは……あまりにも低い。
 
1歳児としては泣かないほうですが、泣く時はすごい。
昔のCMで「わたし脱いだらすごいんです」てのがあったけど
「泣いたらすごいんです」てなもんです。
 
絶望は一瞬で終わり、すぐにぴたっと泣き止みます。
頬に涙のつぶがあるのに、もうニヤけています。
 

そんな紅茶に、わたしは「人間のはじまり」を見ます。

そもそも人は傷つきやすい生き物なのではないか。
傷つきやすいだけに再生能力も高いのではないか。
 
わたし自身を振り返ると、過去に「絶望」を感じたのは2.5回。
半世紀生きてこの回数は普通ゾーンだと思います。
 
「あなたは絶望を感じたことがありますか。
 YESと答えた方は、回数を教えてください」
こんなアンケートがあったら、みなさんどう答えます?
 
わたしの場合、2回は「もうだめ」と思ったし、
1回は「だめかも」と思いました(0.5)が、
今もへらへら生きています。
 
最近では「滅多なことでは絶望しない」という自信があります。
強くなったのか、鈍くなったのかも。
今やわたしの絶望のハードルは、ブブカでさえ越えられそうにない。

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コメント

この前、右足にスズメバチにとまられ、
「もうだめかも」と、思いました。
いや、でもこれは、絶望ではなく、絶体絶命。

絶望は常に心にあります。今までで2つの絶望がありますが、自分の想像をこえて、とてつもなく私の心を支配してます。それを考えるとブラックホールのように私を吸い込みそうになる威力です。だから、考えないよう普段はヘラヘラしています。私にとって絶望は残念ながら、既に心の一部で乗り越えるといった類ではなく、共存するしかない顔のシミのようなもの、プチ整形でキレイにとってしまいたいけど、とったら本当の私でなくなるのかもしれない、奇妙な関係です。

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