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2016年7月11日 (月)

くらげとばばあ

昨日、原稿を宅配便で出版社に送りました。

9月発売予定の作品です。
 
作品ははじめデータでやりとりしますが
やがて活字に組まれ、その原稿に校閲が入ります。
それに著者が赤いペンで直しを加えます。
その作業は2回繰り返されます。
2回目の原稿を再校ゲラと呼びます。
わたしはそれに赤ペン入れを終え、昨日送ったのです。
その作品に対するわたしの作業は終わりです。
送る時は胸がしめつけられるような気持ちになります。 
 
もっとスカっと、「できた」と喜び、
「一息つける!」とさっぱりできればいいのですが
なんとも言えない緊張と、心の震えのようなものが残るんです。
 
創作者としての最終ステップで、その作品への愛が頂点に達し、
その愛の大きさに心が耐えられなくなるのでしょう。
 
その作品で単行本は12作目となります。
緊張感は1作目と変わらぬどころか、
毎回緊張度が増すような感じがします。
しばらくすると表紙ができ、本が完成して「出来」となり、
徐々に緊張から解放されます。
人に読まれることにより、わたしのものではなくなり、
そのことがわたしを解放するのです。
 
子どもの頃「わたしの心は少し大袈裟すぎやしないか」と
思っていました。
いつか人として生きるのに慣れ、さりげなく過ごせるだろうと
思っていましたが、変われぬまま大人をやっています。
 
 
 

さて、孫の紅茶はわたしを「ばーば」と呼ぶようになりました。

はじめは「ばーちゃ」と呼ばせようと思ったのですが、
そんな高望みは捨てました。
わたしの存在自体が認識されず、目を合わせてくれない不遇時代があり、
だんだん笑ってくれるようになって、
まわらぬ舌で「ばばあ」と呼ばれた時は
とってもうれしかったです。
「はい、ばばあでございます」てなもんです。
最近はよくしゃべるようになり、「ばーば」に落ち着きました。
 
ところが今日、紅茶は水族館の写真を見て
突然「くらげ」と発音したんです。
一発で「くらげ」と正確に言ってのけたんです。
 
くらげはそりゃあ、魅力的ですもんねえ。
ばばあの負けです。

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コメント

次回作楽しみですp(^_^)q私は絵を描くのですが、出来上がりになかなか納得できないタチで、一度出来たものも、時間を経て直すことがあり、絵の先生曰く、「その時の出来上がりに手直しは必要なく、するなら、新たに描きなさい、でないと、過去にとらわれる」。とのことで納得なのですが、過去のダメな自分を直したくなってしまう、そんなこと書いてたら、『バックトゥーザ〜』のデロリアン?乗りたくなってしまった(;^_^A
もう少し紅茶さんが育ったころ、ばーば改名試みるのはどーでしょ?その間に慣れちゃうかしら?

ふわぁ~!9月楽しみです!(^o^)/
産みの苦しみも知らずに、
読者は気楽すぎるかもしれません。

小説に限りませんね。
消費者は対価さえ支払えば大抵の物が得られることに
慣れ過ぎているかもしれません。

そうか、心の大袈裟すぎも、そのままなものなんですね。
私も
「いつか人として生きるのに慣れ、さりげなく過ごせる」
ことを夢見ているのですが、
不惑を過ぎても一向にさりげなさが身に付きません(;^ω^)
ずっと惑ってるし。。。

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